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淘汰の時代
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最近、英字ばかり読んでいたものですから日本の活字が妙に恋しくなって、BOOK OFFに立ち寄ってみました。そこで何気に手にした「奇跡的なカタルシス フィジカル・インテンシティII」 (著:村上龍)という本なのですが、パラパラとページをめくってみると、とんでもなく鋭い言葉が目に飛び込んできました。

新しい生産活動は高度な技術と知識に支えたれたものになるだろう。国民全部がスペシャリストになれるわけがない。スペシャリストになるためには長い訓練が必要であり、そのためのコストにしてもすべての人が負えるものではない。 

やがて日本は数少ないスペシャリストの集団と、その他大勢の大集団に分かれるだろう。だが単純に横並びの社会構造が崩れて競争社会が訪れるというわけではない。競争のスタートにさえつけない階層が現れてしまうのだ。 p105

この本は、サッカーの中田英寿選手のイタリアのプロリーグ、セリエAでの活躍を中心に追っていくエッセイで、日本と欧州のサッカースタイルやレベルの違いを指摘しながら、同時に日本社会のあり様を著者の視点で語られています。何とこの本、今から5年前、2000年に初版が発行されています。この頃著者は既に、日本社会での個人と組織のあり方がどのようになっていくのかを見抜いています。それを日本サッカーのあり方を通して指摘していて、今僕がようやく気が付いていたことでもあったので、これにはびびらざるを得ませんでした。

日本人選手は必ず慌てる。ボールを速く自分から離したがっているように見える。まるで速く仕事を終えてその場から消えたがっているように見えるのだ。 p22

個人としての選手がチームという集団の中に埋没したがっているように見えるということだ。責任を果たして速く集団の中に戻りたがっているような印象を受ける。 p22

能力と意思がある人間が、もっとも自分を高めることの出来る場所への移籍を希望する、それは間違いなく日本の近代化に伴う市場化の正の側面だと思う。近代化の途上でわたくしたちは確かに多くのものを失ったが、得たものも多い。失ったものばかりではなく、得たものの検証も必要だと思うのはわたしだけだろうか。 p54

なぜそんなに同一業種の企業や会社が多いかといえば、競争が十分ではなく、私達がそういう社会がすきだったから、ということだろう。なんとなく似通っているがどことなく違う、というものがたくさんあるのが好きなのだ。 p81

ある程度サッカーの知識がないと、本当は選手や監督に対して取材できない。だが、日本の、特にスポーツ新聞などはそういう基本的な原則を無視する、彼らが欲しがるのは純粋なサッカーの情報ではなく、苦労話やチームへの忠誠の物語だけだ。 p85

この国にには理念や原則がないので、日本人独自の文化やものの考え方というのは実は存在しない。あえて言えば理念や原則がないという原則がある、とういうことになる。まわりをよくうかがって、自分の利害に支障のないような判断をしなければいけないということだ。思ったことや考えたことを直接的に発信するとこの国ではろくなことはないのだよ、というのが日本文化の基本だ。 p165

この他に引用しきれないほど、日本という国のあり方が述べられています。彼も日本という国が世界の中でどう認識されているのかを見つめ、また、彼自身がどのようにあるべきなのかを考えてきた、というのがひしひしと伝わってきます。

全体としてこの本から伝わってくるメッセージは彼のスポーツを観戦することへの喜びなのですが、従来の組織偏重の全体主義を離れ、個人が己の欲求を追及するべきだという欧米の価値観、つまり個人主義の立場が色濃く出ています。彼はそれがいいか悪いかは解らないとしているのですが、古い日本の体制への批判的なコメントからもどちらを選択すべきかという彼の意思表明は明らかです。

冒頭の引用に関して、著者はコスト面から階層の溝が深まる、としていますが、個人的に思うのは、ITというものがもたらす恩恵の一つとして、情報の均等化があると思います。今や、専門的な情報がネット上に公開されいて、誰でもアクセス可能です。アメリカでは図書館の本をデータベース化し、出版された新聞や雑誌などをネットから検索・閲覧できる仕組みを作っている。そして大学などでは、身体上や経済面でハンデのある人向けに自宅から授業が受けられるようなオンラインの講義も増えてきている。

もし、これからの社会が情報社会になるとして、プログラマーや、医者、法律家などといった多額の自己投資と知の技術が要求される職業が階層の上部を占めるのならば、このITによる情報機会均等化は階層の溝を埋める可能性もある。つまり、競争のスタート地点に立てない階層がでてくるというよりかは、むしろ、誰でもスタート地点に立てる代わりに、後は個々の実力勝負、という時代なのだと思う。

インド人で自宅に滞在しながらアメリカの会社のソフト開発プロジェクトに携わるという話を聞いたことがあります。このようにどこにいたってチャンスは誰にでもある。ITはそれを可能にする。これからのグローバル社会では、よりよい環境を求めて組織に属さずにフリーランスで活動していくような人が増える傾向が強まると思います。経済的バックグラウンドを問わない個々の実力が問われる本当の意味での淘汰の時代がきたのかもしれません。

この著者のほかの作品を読んで、とりわけ文学的に優れているかどうかは解りませんが、彼のような先見力は幅広い知識や洞察力に支えられているのだとしたら、彼の著書、特にエッセイは、ビジョンを見出そうとするこれからの日本人にとって非常に価値があるものかもしれません。


リファレンス
村上 龍 「奇跡的なカタルシス フィジカル・インテンシティII」 知恵の森文庫 2000年
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